気まぐれ備忘録

名古屋の町おこしお兄さんを応援しているオタク

まこらいとかドームとか

 

行ってきました!!!!

ここの推しが良かったとか演出が良かったとかは他の方のブログレポに任せるとしてここではザックリした感想に留めたいと思います。推しがいない分推し1人じゃなく全体をフラットな感じで見ていたので、あんまり細かいこと覚えてないんだよね!!!!あと遠かったから表情とか全然わからん!!!

あとは昨日、ほんちゃんに提出する感想文(ファンレター)を書いていたんですけど、深夜だったから筆がのっちゃってめちゃくちゃ本音でぶつかってしまったので(もちろんだけど基本は褒めちぎるスタンス!)、ブログ書く前に燃え尽きてるところがある。

 

全体的な感想としては、誠色を押し出すんじゃなくボイメン色を尊重したセトリだなと思った。誠のライブの良さって私は緩急だと思っていて、ボイメンらしいアゲアゲの曲ももちろんありながらも、誠ってレディバイ、シュガキャン、ドギマギ、DESEOとかアイドル寄りだったり、落ち着いた感じの曲もあって、そういう緩急とか曲によって色々な顔を見せてくれるところに誠の魅力をすごく感じる。

だけど今回は10人での曲が多くて、ほとんどアゲアゲの曲で進行していたので、誠のライブを見ているんだけど10人のライブを見ていたときと体感的にそんなに変わらなかった。誠ライブってナンバリングされていないからそういうことなんだと思ったり。「初心者上等」と銘打っているから、あんまりグループから離れた誠の色を押し出しすぎてもボイメンの入り口にならないからとかそういう方針でのセトリ決めだったのかな。名古屋・大阪がどうなるかはわからないけど、東京公演を見た感じだと、ヤンライでも普段やらないレア曲をやるとかはあまり期待しない方がいいなと思った。

 

私は誠のイベントだと、終わり際の本田演説タイムもかなり楽しみにしているところがあって、今回のほんちゃんの言葉はかなり好きだった。

このときのほんちゃんは語りに熱が入りすぎて「俺は死に際にあのときのドーム公演は残念だったって思いたくないし、みんなにも後悔を残してほしくない」みたいなことを本気のトーンで言っていて、今から死に際の話するの!?とちょっと笑ってしまったし、よしぴからもツッコまれていた。このときはいつものオタクの欲しい言葉を上手く言語化してくれる頭の良い口達者なほんちゃんじゃなく、単に重い男すぎるほんちゃんが滲み出ていた気がして個人的にものすごくグッときた。

その後も俺らおじいちゃんになってもボイメンだから、みんなもそのときまでついてきてよとかすごく熱く語っていて、ほんちゃんは頭も良いしオタクの動向にも敏感だからきっと永遠なんてないことは分かっているんだろうとは思っているんだけど、それでも「死ぬまでみんなを楽しませることを考えてるから」「ずっと俺らについてきて」って言い切れるのはめっちゃカッコよくて素直に心が動かされた。

わたしは自分が「ずっと」とか「一生」という言葉を推し事に対して使うのは好きじゃないし、推しから言われてもそんな永遠なんて信じられない。アイドルが一生今のグループにいてアイドルをやってくれることも、自分自身がそのグループやアイドルを推していることも、絶対に永遠ではない。

だけどわがままなオタクなので、嘘でもいいから変わらない永遠を誓ってほしい、嘘でもいいからおじいちゃんになるまで今のままだと言ってほしいと思う部分もあって、だから今回のほんちゃんの言葉にグッときたのかなあと思った。

 

とはいえドームにまつわることを考えると、正直プラスな感情は未だに出てこない。つじちゃんへの手紙にも、ほんちゃんへの手紙にも「ドーム公演がきっといいものをもたらすと信じています」みたいなことは書いたんだけど、ぶっちゃけると、何か嘘書いてるなあ…と思っていた。3割本当で7割嘘という感じ。

メンバーは口々に「絶対にドーム公演を成功させないといけない」と言うけれど、わたしはそもそも何で?と思う。何で今ドームでやらないといけないの?その必然性は?合理性は?名古屋でやるにしても何でガイシやセンチュリーじゃダメなの?大きなキャパへの挑戦なら何で横アリやたまアリじゃダメなの?

確かにドームはあらゆるアーティストの憧れの場所だし、そこでライブをしたら箔はつくだろうけど、わたしからしたらバカ広くてほとんどの席で推しを肉眼で見られないし、元々野球場として作られた場所だから音響だって全然良くない、こんなハコたまったもんじゃない。メンたちが今までやってきたモールとかライブハウスとかの方が全然良い。だからドーム公演はもうドームじゃないと行きたい人を最大限収容できないくらいにオタクを抱えたときの最後の手段であってほしい。

そのくらいのたまったもんじゃないハコを選択したからには、納得のいく理由がほしい。でもない。納得のいく理由もなければ現状勝算もない。遠くに行かないと口では言ってるけど、最も遠いと感じるハコでライブしようとしてるじゃん。全然意味わかんない。ドーム公演がゴールじゃないのに、ドーム公演の後のビジョンが何も見えなければ、ここから何を得ようとしてるのかもよくわからない。

 

わたしより歴の長いオタクの話を聞くとよくヤマトの夏というワードが出てくる。初めて知ったときは、ヤマトを通ったオタクのことを羨ましいと思った。あと1年早く好きになっていればよかったと思った。だけど古参のオタクたちが「ヤマトの頃は」と語るのを見るたびに、あの夏のことを知らないわたしは幸せなのかもしれないと思うようになってきた。ヤマトを通ったオタクは今もずっとあの夏に焦がれ続けているように見える。だけどわたしはあの夏を知らないから焦がれることもなければ、あの夏と現状のギャップにもどかしさを感じることもない。

 

推しのことは大好きだけれど、BDライブであれだけ楽しさと幸せを与えてもらった2週間後、インスタライブで推しの言う「俺たちのこと信じてついてきてよ」という言葉があれほど虚しく響いたことはなかった。あの素直でストレートでお世辞っ気のない言葉が好きなのに、何て空っぽに聞こえる言葉なんだろうと思った。ステージの上と客席はハッキリと断絶されていて、景色を共有することはできないのかもしれないというほんの少しの絶望があった。

数か月前は番宣のときにしかブログ書かないな…というくらいの更新率だった推しが、ここ数週間ほぼ毎日ブログを書くようになった。書くことが何もない日も書いていた。確実に良い方向に変わっているはずなのに、今日も推しのブログが更新されるのかなと楽しみにしている心はあるのに、なんだか心に陰りが差す。きっとあのとき感じた虚しさとほんの少しの絶望が今でも心に染みついているからなんだろうな。この陰りがなくなって雲一つない晴天のような心持ちになる日は来るんだろうか。

 

だけどステージ上の100点満点のアイドルな推しが大好きだから、可能な限り1秒だって新規スチルを逃したくないから、現場には可能な限り足を運び続けるし、もう来月の現場のチケットだって2枚ある。推しやグループを好きになった頃は1年後もこんなに現場ガッツしてるとは思わなかった。だからわたしにとって今まで出会ったことのないような魅力的なコンテンツであることも確かな事実なんだと思う。

 

ここまでこんな風に書いたけれど、実はナゴヤドームは素直に楽しみだ。というのは最も古い付き合いのフォロワーと一緒に参戦することになったので!「お願いだから来てよ!」と言ったら「いいよー」と快く承諾してくれた。今から彼女が何色のペンライトを振るのかを楽しみにしながら、ナゴヤドームまで過ごそうと思います。